先月の試写会で、クリント・イーストウッド監督の硫黄島2部作の日本編となる
『硫黄島からの手紙』を観た。

硫黄島の戦いの凄まじさをドキュメンタリーや資料である程度知っていた者からすると、あの極限を超えた過酷さはほとんど伝わってはこなかった。
というより、あえてそれを削ぎ落とし、テーマを別の所に求めた作りになっていたように思えた。
あの過酷さ、凄惨さを克明に描いてしまえば、アメリカの観客には決して受け入れられないであろう、という配慮が働いたのかもしれない。
(そのままやっちゃうと「プライベート・ライアン」以上の凄惨さになってしまう。そこで争うつもりはないよ、とでも言いたげなくらい淡々とした語り口、描きぶりだった)

アメリカ編の『父親たちの星条旗』ともに共通して感じられたのは
イーストウッドの「冷静さ」だった。
感情的に揺さぶるような手段ではなく、「戦争」という非常事態、非日常の中で起きることを、奇をてらわずに淡々と描き出していた。

「戦争」を、マクロではなくミクロ…そこで生き死にした人々の日常の視点から描いていた。
「栗林中将」自体も、本人の日常的雑感から描かれただけでなく、二宮和也演じる最下兵の視点からも描かれている。

今の日本の置かれている状況では描きにくい、「天皇陛下バンザイ」も「靖国」も
決して否定も肯定もせず、それを史実としてあるがままに登場させていた。


激烈な戦闘シーンが随所に描かれながらも、全体としては不思議な「静謐さに包まれている仕上がりでした。
あの戦場で死んでいった無名の兵士たちへの鎮魂が感じられる映画でした。

左巻きの病を患っているマスコミ、日教組の支配下にある現在の教科書では決して教えていない「硫黄島」の真実を、そこで生き、死んでいった人たちのことを、
この作品を入り口にして、より深く知り、考える機会になれば良いのではないか、と思った。

ところで最近、実に良いタイミングで
NHKの『その時歴史が動いた』の「真珠湾攻撃」の特集を見た。


そこで描かれていた山本五十六」の立場と運命が
奇しくも、『硫黄島…』の「栗林忠道」のそれと余りにも符合するものがあったので驚いた


太平洋戦争の火ぶたを切った真珠湾奇襲攻撃。この作戦を指揮した連合艦隊司令長官・山本五十六の生涯を描くシリーズの再放送。

アメリカ視察で強大な国力を知った山本五十六は、一転して対米戦を回避することを主張。
命がけで「日独伊三国同盟」の締結に反対する。
ドイツと同盟を結べば、アメリカは日本を敵と見なし、経済面などで制裁をしてくる。そうすれば、資源を持たない日本はいずれ干上がってしまい、アメリカとの開戦は避けられなくなる。アメリカの国力からすれば、日本を3回くらい焼け野原にするくらい容易い。ドイツとの同盟は絶対回避されなければならない
一度は回避できた同盟締結だったが、ドイツのヨーロッパでの開戦がきっかけになり、同盟は締結されてしまう。
山本の予測どおり
、アメリカは鉄鋼製品などの禁輸といった制裁に踏み切り、とうとう日本はアメリカとの戦争やむなし、という状況に突入してしまう。
そして皮肉にも引退間際のポストだった「連合艦隊司令長官」の立場にいた山本が日米戦の作戦、指揮を執ることになる。
葛藤の末、山本が立てた戦略は、航空隊による真珠湾の攻撃だった。緒戦で打撃を与えて戦争を短期に終結させなければ、いずれ日本は資源の枯渇に至るからであった。

日本は、合理ではなく、情緒で戦争を始めた(招いた)。
山本も栗林も
国家政府の下そうとしていたその「愚かな選択」に徹底して反対していたにもかかわらず、
皮肉にも、それを指揮する地位にいたために、葛藤の末、その「愚かな選択」を遂行、指揮せざるを得なくなってしまう。軍人としての務めを果たすために。


栗林忠道も山本五十六も傑物であった。軍人としても、人間としても。
さらに、二人とも「合理的」に大局を判断するであった。
そして、彼らの決断と行動は非常に似通っている。その辿った結末も。

国民の被害を最小限にとどめるために、傑出した作戦を編み出し、一時の成果をあげたものの、そのためにより甚大な被害を招いてしまった。

山本五十六は(本人は望んでいなかったが)戦争の火蓋を切る役割をしてしまった。結果、国土は焦土と化した。

栗林は、日本が負ける、自分は死ぬ、とわかっていながら、硫黄島で戦った。
硫黄島を取られると、ここを拠点として、いままで以上に本土空襲は激しさを増す。一日でも長くここで持ちこたえて、その間に日本政府がアメリカと和平交渉をして、戦争を終らせてくれることを期待してのことであった
ところが、愚かな日本政府は本土決戦の方針を変えず、戦争は硫黄島陥落後もダラダラと続くことになる。

栗林忠道の戦略は沖縄戦へと引き継がれ、そのためアメリカ軍は甚大な被害を被ることとなり、上陸戦を避けて徹底した無差別空爆戦略へと転換、それが広島長崎へと繋がった(というあくまでアメリカ側の説)。

ここから導き出される教訓
すばらしい傑物が、傑出した戦略で指揮を取り、一時的に劇的戦果を上げたとしても、
国家政府の下した「愚かな選択」がもたらす悲惨な結末を覆すことはできない、ということである

「選択」は情緒でなく、「合理」でなされるべきである。
「合理」とは将来を見据えた冷静な試算であり、
「情緒」とは“しがらみ”であり“惰性”である。

今日本が抱えている借金700兆円を超えている。
このまま進めば国は破綻するのは目に見えている。
ドラスティックな変化は、バブルのように崩壊を招いてしまいかねないとはいえ、数量ではなく、大枠のシステムを変えることはできるはずだ。
毎年毎年、莫大な借金を当たり前のようにして予算が計上されている。
それを求めるのは、全体でなく、個人と身内。未来ではなく、卑近な金の心配に従った「選択」によるものである。

太平洋戦争の際「愚かな選択」を下した者たちが、日本人によってきちんとその責任が追求されただろうか?
宗教観とは別に、少なくともその辺りをはっきりさせるシステムが必要ではないかと思う。

つい先日、日本サッカー代表監督オシム氏のインタビューを見た。
氏は、技術はあるのにここ一番世界で勝てない日本代表についてこう提言していた。

「責任の追及なくして、進歩はない」

そのとおりだ。
この際、オシム氏には総理大臣も兼務していただきたいと思った。

恐ろしいことに日本には、戦前から続く悪しき伝統が今も変わらず生き残っている。
誰も責任を問われない悪しき「官僚機構」システムだ。
「国やぶれて官僚あり」。

「戦争における英雄とは…」という『父親たちの星条旗』
「戦争は悲惨で虚しい」という『硫黄島からの手紙』
これが戦争のリアリズムなのだ、というのが2作品のテーマであるが、イーストウッドの視線には、彼ら戦場で死んでいった者たちへの敬意鎮魂が感じられる。
彼らのことを…彼らが何を考え、どう生き、どう死んでいったか、忘れないでくれ、という思いが。

イーストウッドもインタビューでこう言っている
「国のために死んでいった人たちのことを忘れてしまうのは“罪“である」

栗林中将はリアリストだった。
「日本はアメリカに負ける。この国は一度滅ぶ。しかし、その後生き残った者たちが、より良い日本を作ってくれよ」
そういう思いを託して、栗林中将たちは硫黄島で戦って果てた。

日本は(自分もそうだが)
すっかり硫黄島のことも栗林中将のことも忘れて(知らずに)生きてきた
今一度、硫黄島から日本をどうするかについて考え始める時なのではないか、と思った。

映画のスポットCMなどで使用されているコピー
61年の時を経て、私たちの手元に届く彼らからの手紙
それは、そう解釈してもいいのではないか。

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コメント
ニュースを見ませんでしたか。
日教組が教育を支配していたのは30年前。
今回ついに組織率3割を切り、今や見る影もなし。
教育を悪くしてきたのは、主に文科省と教育委員会です。
  • by G2
  • 2006/12/19 12:21 AM
教職員組合は二つある。日教組と全教組。社民党系日教組から共産党系の全教組が分裂。現在日教組は旧社民党員の多い民主党を支持してます。民主党は---

佐藤泰介…元愛知県教組委員長
神本美恵子…元福岡県教組女性部長
那谷屋正義…元横浜市教組書記長
水岡俊一…元兵庫県教組書記次長

5人の出身議員を送り込み、こないだの改正教育基本法で徹底抗議。新教基法が審議された特別委に、4人の元日教組幹部が民主党議員の立場で質問に立った。

10月から国会周辺には、中核派や革マル系の過激派グループも集結していたが、数で圧倒したのは日教組のアカ教師たち。国会周辺や都内で行われた集会・デモに動員されたアカ教師は今年4月から延べ1万5,000人に及んでいる。また、改正法反対運動に使った工作資金に3億円を投じている。

また各教組は中核派や革マル系の過激派グループと結託して扶桑社の教科書の不採択運動で暴動まがいの騒ぎを起こしていた。
左マスコミに限らず、各大手マスコミはこの過激派グループを 市民グループとしか報じなかった。
  • by 恒
  • 2006/12/20 9:54 PM
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笹井ホテルの『ささいなニュース』 NO.42 先日久々に映画を観に行って来ました
  • 十勝川温泉 笹井ホテル
  • 2006/12/16 11:09 PM
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管理者の承認待ちトラックバックです。
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  • 2006/12/19 12:42 AM
 一部の軍事マニア、元軍人を除いて、どれだけの日本人があの小さな島、硫黄島での激戦に思いをはせてきただろうか。東京都に属するこの島の位置すら、僕らは指し示すことができない。クリント・イーストウッド監督(76歳!)の「硫黄島からの手紙」を観て、というか
  • 万歳!映画パラダイス〜京都ほろ酔い日記
  • 2006/12/30 12:01 PM
渡辺謙さんと急性骨髄性白血病と硫黄島からの手紙渡辺謙(わたなべ けん、1959年10月21日 - )は、新潟県北魚沼郡小出町(現、魚沼市)出身の日本の俳優。演劇集団 円を経て2002年より渡辺謙はケイダッシュ所属。身長184cm、体重80kg。血液型はA型。渡辺謙の「謙」の名
  • 大腸がん手術・今は元気で稼ぐ!
  • 2007/01/25 4:34 PM
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  • 2007/02/15 9:29 AM
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  • 2007/11/24 4:41 PM
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